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海外「1961年8月10日、アメリカ軍がランチハンド作戦を開始」枯葉剤の記憶を語る反応が話題に【海外の反応】
1961年8月10日、アメリカ軍が南ベトナムの農村地帯に約2000万ガロン(約7万6000立方メートル)にのぼる枯葉剤・除草剤を散布する「ランチハンド作戦」を開始したことが、歴史コミュニティ「r/ThisDayInHistory」で取り上げられ、話題になっています。
📮 投稿主(OP)の投稿
August 10 1961: The U.S. Army begins Operation Ranch Hand
1961年8月10日、アメリカ軍が南ベトナムの農村地帯に、推定2000万ガロン(約7万6000立方メートル)の枯葉剤・除草剤を散布する「ランチハンド作戦」を開始した
ベトコンから食料と植生による隠れ場所を奪うことが目的だった
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r/ThisDayInHistory コメントより
まとめ
このスレッドを3点で整理
- 1 1961年8月10日に始まったアメリカ軍の枯葉剤散布作戦「ランチハンド作戦」についての投稿がr/ThisDayInHistoryに寄せられ、多くの反応が集まりました。
- 2 ベトナムの博物館を訪れた体験談や、エージェント・オレンジによる健康被害が現在の世代にまで及んでいるという指摘など、現地を訪れたユーザーならではの証言が目立ちました。
- 3 薬剤の毒性が製造過程の不純物によるものだったという技術的な議論から、そもそも散布という手段自体を問題視する声まで、多角的な議論が交わされていました。

マジでゾッとする内容だったわ
ハノイの方も行ったんだけど、学校の団体見学の子供たちに、押収した装備品を色々見せてたよ
アメリカ側はメディアや報道が世界に届くのを許してたけど、北側は全体主義の覆いの下でそれをやってたわけで
それに今でも、アメリカが戦争犯罪や行為についてどれだけ透明性があるかは議論の余地があるにしても、ベトナムは共産党側の犯罪については一切議論を許してないんだよな
フランス、日本、アメリカ、南ベトナム政府、共産主義者、それぞれの段階でベトナムの人々は苦しんできた、本当に悲劇的な紛争だよ
人間ってのは怪物だな
正式名称は「戦争の遺物博物館」で、以前は「アメリカの戦争犯罪博物館」って呼ばれてたんだよな
だからベトナムの人たちがあれを「アメリカ戦争博物館」って呼ぶのも普通に理解できるわ
アメリカが起こした戦争についての博物館なんだから
他にも色んな種類使ってて、全部色の名前がついてたんだよ
しかもそれは、作戦の「安全な側」にいたはずの人たちの話だぞ
散布はほとんど南側全域でやってたし、ベトコンとの戦闘は南のあちこちで起きてたわけで、ベトコン自体が南ベトナム人だったからな
北ベトナム正規軍とは別物だし
「前線」っていう概念自体がほぼ崩壊してて、大規模な攻勢はどこでも起こり得たんだよ、俺たちは北と南、両方の民衆を相手に戦ってて、その傍らで、こっちに都合のいい政策になるまで暗殺しては据え替えてた、南ベトナムの歴代大統領の政府軍とも一緒に戦ってたんだよな
燃焼処理施設で働く兵士がいるのも、安全だからじゃなくて、必要だと判断されたからってだけだしな
あの手の仕事って、労働安全の機関がちゃんと監督してるわけでもないんだよ
軍の外にいる人からすれば「受け取る側」じゃない人たちは同じ問題に苦しむことはないだろうって普通は思うわけで、でも実際に従軍してる人たちは、こういうリスクが本当に現実にあるってちゃんと分かってるんだよな
軍事的な視点から見て、何かしら意味あったのか?
ボーイング、コルト、デュポン、アラマーク、ベル・ヘリコプター、モンサント、ロッキード・マーティンってところだ
あの薬剤の多くはまだ表土に残ってて、食べ物や家畜、人間に受け継がれてるからな、先天性障害やがんがすごく多いんだよ
あと、焼き払う方が現地に住んでる住民により被害が出ると見られてて、エージェント・オレンジの方が人間には影響しない「より安全」な方法だと考えられてたんだよ
それに、あの辺りは全部湿ってたし、でも一応、彼らも焼き払うこと自体はやってたよ