「日本代表がなぜ青いのか」──海外サッカーファン「英国のボートレースが起源とは知らなかった」「ブルーロックのせいだろ」「1980年代の赤は呪われていた」
日本の国旗は白と赤。なのになぜ、サッカー日本代表のユニフォームは青いのか——。この素朴な疑問を掘り下げたSubstackの記事「Red Shirt Blue Shirt」がReddit r/soccerに投稿され、88票を獲得しました。
その答えは1920年の東大・京大ボートレースにあり、偶然コインの表裏で決まったライトブルーが、100年以上の時を経てサムライブルーへと育ったという話に、海外のサッカーファンたちが驚きと笑いで反応しています。
この記事でわかること
- 日本代表がブルーになった本当の経緯(1921年JFA創設まで遡る)
- 英国のボートレースを模倣した東大・京大の抽選が起源だった
- 1980年代に赤ユニフォームに変更→W杯・五輪予選落ちで「呪われた」と言われた経緯
- 2009年に「サムライブルー」が公式名称に。勝色(かちいろ)との結びつけ
- 「ブルーロックのせいだろ」という笑えるコメントの嵐
- ドイツ代表がなぜ白いのかをめぐる雑学トークも展開
元記事の要点
ボートレースのコイントスが、100年後のサムライブルーを決めた
1920年——東京帝国大学(現・東大)と京都帝国大学(現・京大)が、英国のオックスフォード・ケンブリッジ対抗ボートレースに倣ってボートレースを開催。2艘の舟の色はライトブルーとダークブルーで、どちらの大学がどちらの色を使うか抽選で決定。東大がライトブルーを引き当てた。
1921年——日本サッカー協会(JFA)が創設。当時はまだ大学生主体の非公式な組織で、最強チームだった東大のユニフォームのライトブルーがそのまま代表カラーになった。
1980年代——横山謙三監督が「国旗の色に合わせるべきだ」として赤ユニフォームを採用。しかし1990年W杯・1992年五輪の予選にいずれも落ちたことで「赤は呪われている」とファンから叫ばれ、青に戻された。
2009年——公式愛称「サムライブルー」が制定。「勝色(かちいろ)」と呼ばれる武士の鎧下に使われた藍染のインディゴに色が統一され、「カチ(勝利)」の語呂合わせも加わり、ブルーのアイデンティティが完成した。
日本人視点からの補足
「勝色」と「カチ」──後付けの意味が本物になっていく過程
元記事が指摘する通り、日本代表のブルーの起源は1920年の東大・京大ボートレースという偶然の産物でした。しかし2009年に「サムライブルー」が公式愛称となり、武士の鎧下に使われた「勝色(かちいろ)」インディゴとの結びつけ、「カチ(勝利)」の語呂合わせまで加わったことで、偶然生まれた色が今では確固たるアイデンティティになっています。
1980年代の赤ユニフォーム時代については、横山謙三監督のもとで採用されたものの、1990年W杯予選・1992年五輪予選の連続落選が重なり「赤は呪われている」という印象がファンに刻まれました。赤時代の記録が少ないのは、当時の日本代表の国際大会への出場機会自体が少なかったためです。
ブルーロック(2022年アニメ化)については、海外でも人気が高く、コメント欄でも複数のファンがネタとして使っていました。実際に日本サッカー協会はブルーロックとのコラボユニフォームを制作した実績もあり、アニメとリアルのブルーがシナジーを生んでいる側面があります。
まとめ
海外サッカーファンの反応を4点で整理する
- 1 「英国のボートレースが起源だとは知らなかった」という驚きの声が多数。元記事の内容が「本当に勉強になった」と好評を博した。
- 2 「ブルーロックのせいだろ」というネタコメントが最多票(76票)を獲得。婚約者や妻がブルーロックと混同したエピソードも多数寄せられ笑いを誘った。
- 3 「ドイツ代表がなぜ白いのか」という話題に派生し、プロイセン王国の国旗・ドイツ帝国旗の歴史まで掘り下げる雑学トークが展開された。
- 4 「オーストラリアは国旗と全然違う黄色・緑のユニフォーム」「明らかに洗濯機の事故」など、他国のユニフォーム事情への軽口も飛び出した。
他にも「なんでこの色?」と思うユニフォームがあればコメントで教えてください!
海外「復興より停戦が先だ」「日本とウクライナ、復興協力の行動計画に署名」海外の議論はこちら【海外の反応】
日本とウクライナは2026年6月24日、ウクライナの経済・産業復興を支援するための民間セクター協力促進に関する行動計画に署名しました。日本側からは外務省の國光綾乃氏と経済産業省の山田健司氏がキーウを訪問。高市政権下で日本の政治任用者がウクライナを訪問したのはこれが初めてで、前回の高官訪問は2024年11月の岩屋毅外相(当時)以来となります。
このニュースに対し、Japan Todayのコメント欄では「まず戦争を終わらせることが先決だ」「正義ある形での終結でなければ意味がない」など、停戦・和平をめぐる立場の違いから議論が広がりました。
この記事でわかること
- 日本・ウクライナ復興協力行動計画署名の経緯
- 「早期終結」派と「正義ある解決」派の論争
- 米国・欧州の役割をめぐる意見
- 「復興より停戦が先だ」という声
- 「日本は停戦に向けて何をしているのか」という問いかけ
元記事の概要
高市政権下で初のウクライナ訪問──民間復興協力の行動計画に署名
外務省の國光綾乃氏と経済産業省の山田健司氏がキーウを訪問し、タラス・カチカ副首相、アンドリー・シビハ外相、オレクシー・ソボレフ経済・環境・農業相らウクライナ当局者と会談。民間セクター協力促進に関する行動計画に署名した。カチカ副首相は協力関係の拡大への意欲を示し、國光氏はロシアへの制裁維持という日本の立場を改めて表明した。高市政権下での政治任用者によるウクライナ訪問はこれが初めてで、前回の高官訪問は2024年11月の岩屋毅外相(当時)。
記事の背景
日本のウクライナ支援と今回の署名の位置づけ
日本は2022年のロシアによるウクライナ侵攻以降、G7の一員としてロシアへの制裁に参加するとともに、ウクライナへの人道・財政支援を続けてきました。今回の行動計画は、民間セクターの協力を通じたウクライナの経済・産業復興支援を目的としたものです。
コメント欄では、復興支援そのものよりも「戦争を早く終わらせるべきか、正義ある形で終わらせるべきか」という論点に議論が集中しました。また、米国・欧州の役割や日本の外交的立場に対するさまざまな見方も示されています。
まとめ
コメントの論点を4つに整理する
- 1 「一刻も早く終わらせてほしい」という早期終結派と、「正義ある形での解決でなければ意味がない」という意見が対立した。
- 2 米国の関与姿勢をめぐり「ヨーロッパには関係ない」という声と「9.11のようにいずれアメリカも仲間を必要とする日が来る」という反論が交わされた。
- 3 「平和を愛する国として、日本は停戦に向けて何をしてきたのか」という日本の外交的役割への問いかけも出た。
- 4 「ガザのパレスチナ人支援にも同様に取り組むべきだ」という声も寄せられ、支援の公平性を問う意見も見られた。
日本のウクライナ復興支援、停戦への道筋──さまざまな意見が交わされたこの議論をどう受け止めましたか?

またたかられるのかよ
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